戦国群盗伝NHK開局当時、放送された「無法松の一生」「戦国群盗伝」などのネガが奇跡的に見つかったとの事で
HDリマスター化して、ファミリー劇場にて放送されます。
無法松は10月かな。多分映像処理に時間がかかるんでしょうね。
テレビの夜明け特番〜ネガ発見!テレビドラマはこうして始まった〜羽佐間道夫さん司会・柳澤愼一さん、内海賢治さん、丘さとみさんが出演。
内海さんは相変わらず美声。この人水樹奈○のファンらしいねw
羽佐間さんも溌剌としていて、嬉しい。私の中では永遠にシェーンコップです。
非常に貴重なフィルムが見つかり、嬉しいですね。しかも全話そろってるとか。
あぁ天下御免はなぜ見つからないのだろう。こうして時代を経て、「草燃える」が揃ったっていうのに…
というよりも、むしろ草燃えるは時代が新しく、保管していなかったNHKの怠慢に過ぎないのですよ。
天下御免はそれより8年前、あの時代の8年は今とはレベルが違うというか、ちょうど過渡期だったんですよね。
ユーマチックからのね。
「突撃!ヒューマン」のビデオも見つかったと最近ニュースになっていましたね。
惜しくも夏夕介さんが亡くなる直前でしたが…
(顔面麻痺の病気から復帰されて、舞台で活躍されていただけに残念です。
あの舞台、いこうかなーと思っていた矢先でした)
こういった、貴重なビデオが発見されることは、歴史的にも意義があることです。
是非是非ごらん下さい!そういう反響とかも、今後にも影響を及ぼすと思うので、
視聴された方は是非是非お客様の声を届けるべしっす!
あぁ、とにかく、どなたかいたらすぐNHKに一報を!自分だけのものになんて、しないでぇえええ。
最近、ファミリー劇場ががんばってるなぁという印象です。
あとTBSは大岡越前と水戸黄門だけやっていればいいと思う。いやマジで。
- 2010/02/03(水) 23:39:32|
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小ネタ。ペリー役がハリスとはこれいかに。
田中泯の名前がキャストにあるだけでテンションあがるわー。
とりあえず、龍馬は黒船を威嚇するために海へと向かったが
黒船を見たくて持ち場を脱出。
岩場まで出てきたところで桂小五郎に出くわす。
吉田松陰の名前を桂から知る龍馬。
そのとき、黒船は現れた!
あまりのでかさに圧倒されるふたり。
黒船は黒煙を吐き、水車により疾風のごとく通り過ぎる。
思わず刀を振るう龍馬。呆気にとられるふたり。
とうとうアメリカの威嚇に幕府は屈してしまう。
幕府への不信感が募る日本。土佐の武市道場でもそれは同じだった。
ペリーが再来日したら…
「そんときは…戦争じゃ!」と武市。
弥太郎の塾?にもペルリの人相書きが。
加尾も弥太郎の話を真剣に聞く。
加尾は兄の心配をふいにして、龍馬のように世の中のことを知ろうと一生懸命だ。
千葉道場で剣の腕を磨く龍馬だが、最近精彩に欠ける。
いわゆる黒船ショックだ。
そらあんなもん見たらショックだろうな。
「いかんいかん」とひとりごちる龍馬。
そこに着物姿の佐那がきんつばを持ってやってきた。
心の迷いを佐那に言い当てられた龍馬は黒船を見たことで混乱したことを打ち明ける。
「あんな化け物に、刀は通用しません。戦になれば剣では歯がたたん」と。
そんなこと、口が裂けても言ってはいけません、と佐那に叱られる龍馬は首をすくめる。
しかし佐那も龍馬の言葉が頭から離れない。
そこに重太郎が。「俺の大好物のきんつばを坂本にやったのか」
裁縫や茶を始めたのは、坂本に惚れているからか?
重太郎は、佐那の恋を知り、ひどく喜んでしまう。
重太郎、いいキャラすぎるw
龍馬は桂のもとを訪れる。
桂さんは、あの黒船を見て、平気なんですか、と。
桂はどうも一睡もしていないようだw目にすごいクマwここ完全にギャグですね。
攘夷と開国の意見が様々ゆきかっているが、桂はどうしたらいいか分からないのだそう。
その為に懸命に本を読み、学問をしているという。
わしはこのまま、剣術修行をしていていいんじゃろか。
そこに桂は「それは、剣を捨てるということか」
「己の一生にかかわることを簡単に他人に口にすな」と冷たく一蹴。
吉田東洋が土佐藩に意見書を提出。
馬周り役から一気に出世。
武市も山内容堂からお褒めを。
弥太郎も意見書を書いたのだが、受け入れられなかった。
龍馬は異人の首を討ち取ってくるという手紙を実家によこしたが
乙女だけはその内容をいぶかしんだ。
またも心中を図星された龍馬は、自分の生き方がわからなくなる。
千葉定吉直々に、竹刀を持てと立合いを請われる。
「お前のこころは、どこにある」と問いただされた。
その迷いは剣にも表れる。
「心をどこかに置いてきたような者に剣の道を極められると思うのか」
龍馬は「私の心はここにはありません」
剣が時代遅れというのか!と重太郎。
定吉に「出て行け」と言われ、走り去る龍馬。
龍馬、大後悔。そりゃそうだw
いやぁ、見るとあっというまだから、やっぱり面白いんだな。
桂小五郎の役がすごくいいっすねぇ。
阿部正弘もいい。
近藤正臣も食えない山内容堂(そして酒が好きそうなところ)を
良く演じています。あとやっぱり田中さんが素敵過ぎる。
もうあの人をずっと見ていたい…!!!
あぁ、ほんとに早く弥太郎さんを出世させたげてつかあさいいいい。
実際に龍馬が黒船を見てはいないかもしれないそうです。
黒船を見たという話は司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の創作だそうで。
実際、司馬さんが「龍馬」を「竜馬」としたのは
これはフィクションです、という意味合いがありますからね。
幕末といえば龍馬、なんてこの昭和の間にできた話なんですよね、だから。
- 2010/01/31(日) 23:10:49|
- 龍馬伝
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私は、読書自体好きなんだけど、というか抵抗がないんだけど、
この、時間の有効活用であるとか、スケジューリングが全く下手で、あと体力がないから
何よりもまず睡眠をとりたい。その次にボーっとする時間が欲しい。
ということで、本を読む時間を作るのが下手糞である。
まぁそれは自己認識しているからいいんだけど、
読書するにも読書前にバッファ(何もしない時間)をとっておきたい私だが、
この『歯医者が怖い』はわりとするすると読めた。
ここで言うのも何だが私は極度の照れ屋である。潔癖症なのかもしれない。
性を扱う本は、こそばゆくて、大塚さんの代表作である源氏物語の訳であるとか
そもそも源氏物語に、なかなか手を伸ばせない。『あさきゆめみし』ですら読んでいない。
『NY小町』と『はいからさんが通る』は好きだけど『あさきゆめみし』を読めないのはその辺で
司馬遼太郎と海音寺潮五郎は好きだけど、
池波正太郎が(読むには読むけど)若干抵抗があるのもその辺で
遠藤周作が読めるのは本人も濡れ場を照れながら書いているのがなんとなくわかるからである。
漫画でいうと、初期清原なつのは好きだけど、思春期の性を扱いはじめてからの清原なつのは嫌い。
私の一番好きな漫画は『国民クイズ』だからね…
あと『岳』とか『聖☆おにいさん』とか、あと『ラブやん』が最高。
どうせエロなら童貞力が高い方が面白い。
あ、でも『愛とまぐはひの古事記』も読み始めました。
先に読み途中の感想がはらはらと出てきているのでそっちを。
あそこまで古代だと、もうなんでもありだから逆に読める。
というのと、解釈を無限大にできる文献だと思うので「ちがうだろー」とも思わないし。
古事記や聖書にずっと抱えている疑問は、「なんであんなにわかりづらいことを書くのか」ということ。
イブって、アダムのあばら骨から生まれるでしょ。
てか、なんなのそれ。なんであばら骨から出てきちゃうのよ。
その前後はどうなってんのよ。とかね。
祭と性交渉は、かかわりが深いものだと思う。古事記にまつわる祭も多いわけで。
古事記がイコールそれとは思わないけど、性教育のためのものだったんじゃないの?とすら思う。
イザナキとイザナミが柱の周りで声を掛け合って、イザナミのほうから声をかけたからヒルコができた
(ヒルコって結局四国なんでしたっけ?)っていうやつも
『愛とまぐはひ〜』にも
「経験的に女からよりも男から声をかけた方が関係が長続きする」とあったんだけど
なんつか、How to本だとしたら、「男性から声をかけるのが礼儀です☆」って言ってるのかなぁとか。
スサノオみたいに強引だと、女の人は傷ついちゃって、あとが大変だから、慎重にね、とか。
女で失敗すると、苦労するよーとか。
国の成り立ちも説明できちゃうし、男女の営みも説明できちゃうから、いーよねー的な。
で、皇子たちにそれとなく教育していくと。
「ねぇ、こどもはどこからきたの?」と聞かれても
「古事記にかいてあるから勉強してね!」みたいな。
まぁ私はこんないい加減な解釈しかできないんですけど。
(あぁこれを読まれた淡路屋さまに、あきれられたらどうしよう…)
さて、本題の『歯医者が怖い』ですが
最初に書いたような、照れるような要素がなかったから、
安心して読めました。
私も、母を突然亡くしてから、どうですかねぇ、結婚して2年くらいまで
病んでたなぁ、と今にしてみれば思います。「抜けた」感があったのはこの1年位だと思う。
いろんなことが重なって、大変だった。実際、あまり記憶がない。
記憶から消しているんだろうね。脳ってすごい。
だから、精神を病んでいたときの焦りとか、すごく共感できた。
でもあくまで「口腔心身症」は「口腔心身症」であって、「鬱病」ではないんだな、とも思った。
だから、正しい専門家にかかるべきなんですね。
鬱病の場合、気晴らしにどこかでかけても、そんときはいいんだけど、想像以上に疲労が蓄積して
欝が倍になることもあるし、なにより集中力が低下するから、なにもかもできなくなるものだ。
一概にはいえないが「口腔心身症」がその疲労を歯に一極集中させていることで、
逆にブレーキになっているのかもしれない。だから仕事も(効率が下がるとはいえ)できるし
家事もできる。とはいえ本人には相当つらい状態だろう。
私が鬱病だったとき、朝から晩まで寝ることしかできなかった。本を読む気もテレビを見る気もなかった。
音楽すら一切かけなかった。
すべてのものに興味を失った。「消えたい」と思っていた。だから電車を見るのも怖かった。
そんな時期がある。そして難しいのは、本人が「医者に行こう」と思っているときは、
比較的体力があるときで、本当に辛いときは、そんなことは考えもつかない。
締めに「運」でまとめていたのは、頼るようにあの本を手にした人には、
少し冷たい印象があるのでは?と思った。
結局、病んでいる人間の思考力は、自身が思うよりはるかに低下している。
そのとき下した決断は、割と悪いことも多い。よって、悪循環に陥るケースも多い。
この本を読んだ結論として、本人は、そのときは世の中は自分だけの世界になっている。
(実際体調が悪ければ可視的な意味でも視野は狭くなるが、精神的にも視野が狭くなるのである)
家族が本人の病気を認識し、受け止め、医者に行かせるのがよいのだろう。
そして医者に行かせただけでは安心できない。
その医者を見極めるのは、本人ではなく家族であり家族こそ、
しっかりした気を持たないといけないのだ。
とあぁ、えらそうに書いてみたけれど、私って一体…
しかし、大塚さんの文体は、さりげなくて、いいねぇ。やっぱり基礎がある人は違うなぁ…
- 2010/01/24(日) 22:52:38|
- 雑感
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